【BUSINESS・MAGAZINE】
シリーズ一覧

第1回 葉梨 栄治 様       株式会社リコーOB

第2回 田中 雅明 様       公認会計士

第3回 高木 邦彦 様       株式会社ニコンOB

第4回 山本 健美 様       ラボアットサイト社
      代表取締役


第3回目は、株式会社ニコンOBの高木 邦彦様です。
大企業における国内・海外での様々なビジネス経験に加え、コンプライアンス体制の導入・整備にも携わった ご経験から、「法令遵守」だけでない企業に必要なコンプライアンスについてお話頂きました。

 

今年に入ってからも食品,放送、電力、スポーツ業界などでの不祥事が昨年に引き続き頻繁に報道されていることに加え、 来年4月以降全上場会社に適用されるJ-SOX法に基づく内部統制導入を控え、企業のコンプライアンス活動への積極的取り組みが、 改めて強く求められている。今回は本格的なネット社会になって、その利便さに注目して忘れがちなコンプライアンスに係わる根本的問題について 以下数点考えてみたいと思う。

Ⅰ.法・文化・習慣にはまだボーダーがある

インターネットを初めとしたITの進歩は、地理的・時間的ハードルを低くし、企業活動のグローバル展開を一気に加速してきた。 そして、日常業務とりわけ情報交流は、殆ど国境を意識することなく行われている。しかし、企業が活動展開するうえで、先ず遵守しなければならない 法令には国境という壁がある。インターネットを介した国境を越える情報交流が、目に見えないからと法令を無視しても大丈夫と高を括ることは 大変危険である。

プロフィール

株式会社ニコンにて、管理部門、消費財の営業、貿易、サービス部門を経験し、その間、Nikon UK、(株)ニコンビジョンの 社長を歴任し重責を果たす。在職中には、コンプライアンス体制(輸出管理、情報管理、行動規範)の導入・整備に携わった。

■海外拠点との情報交換
 例えば、海外に設けた開発・生産拠点にインターネットを通じて設計図、製品仕様、 検査基準等を送信することは常態化してきている。しかし、日本の「外国為替及び外国貿易法」(いわゆる外為法)では、 こうした行為は技術情報の輸出に該当し、情報提供方法(書類送付、ファックス送信、ネット送信など)を問わず、事前に 輸出許可を取得しない限り違法行為とされ、罰則を科されるだけでなく、輸出を差止められる場合もある。

■海外諸国との法令の違い
 また、海外との取引で日本の法令さえ遵守していれば大丈夫というわけではない。例えば米国内あるいは米国原産の完成品、 部品、技術・ソフトウェアを米国から物理的に輸出する場合だけでなく、非米国民に情報開示する場合(海外からアクセス 可能なサーバーへの情報搭載を含む)には、米国の輸出管理法による事前輸出許可が求められる場合がある。米国では違反行為に対する 制裁が大変厳しいので、とりわけハイテク関連製品は事前チェックをした方が安全である。

■海外諸国との文化・習慣の違い
 法令による規制以上に対応が難しいのが、文化・習慣の違いである。 日本の食品メーカーが、イスラム教圏で口にすることを禁止されている豚の酵素を触媒として用い、原料を製造していたことが発覚した。 食品そのものに豚は混入していなかったが、ダメということで製品回収に追い込まれた事件(味の素事件)は、 宗教への厳格さという、 日本人とは違う文化・習慣への理解が充分でなかった結果起こった一つの例と言える。

事業のグローバル展開が進めば進むほど、進出国毎に異なる法令、文化、習慣への 配慮、対応をしっかり行わないと、事業の存続さえ危くなる。コンプライアンスは日本国内だけで完結するわけではない。

Ⅱ.ネット社会は、品位あるコミュニケーションが支える

 インターネットや携帯電話を介したコミュニケーション・ネットワークは、その利便性から拡大する一方であるが、 それがコミュニケーションに従来とは異なる様相をもたらし、コンプライアンス上懸念する問題を提起していると考える。 ネット・コミュニケーションでは、電話や対面コミュニケーションとは違い、身振り、手振り、顔の表情、声の質など非言語情報が不足しているため、 発信側の意図が正しく伝わっているか、受信側の反応はどうなのかということを、確認しづらい。その結果、コミュニケーションは相手の存在、 反応に気を配ることよりは、文字メッセージそのものに集中してしまい、いわゆるフレーミング現象(敵対的言語行動)が起きやすい環境が醸成され、 ネット・コミュニティーの存続を危うくしていく。

クレーム処理で、事故それ自体より、コミュニケーションでの感情のもつれが、 思わぬフレーミングに発展し、私事の領域からはみでて、公事となったケース(東芝クレーマー事件)は、一つの例としてあげられる。

また、ハンドルネーム、匿名によるコミュニケーションも可能のため、他人を攻撃しても安全であり,かつ攻撃を受ければさっさと逃げ出すことも できるので、発言に責任をもって、まっとうな議論を展開するためのコミュニティー形成が妨げられることもある。 勿論、バーチャルな入門規制を備えることでそうした撹乱を防止することも可能ではあるが、共感の環を拡げるというネットワーク・コミュニケーションの 重要な価値を自ら消失させるという自殺行為にもなりかねず、どのようにバランスをとっていくかが問題である。

これらネット社会のコミュニケーションが孕んでいる問題点を、法で規制することは憲法で保障する「言論・表現の自由」との間で微妙な関係にあるので、 法規制の前に、コミュニケーション当事者の責任感、倫理感を高めることで、自律的な秩序が形成されていくことが、望ましいのではないかと考える。 日本IBMが、社員の行動指針の第一条に「品位あるコミュニケーションと適切な表現を常に心がける。」と謳っていることは、 ネット社会のコミュニケーションがかかえている危険性をしっかりと捉えている証であろう。

Ⅲ.コンプライアンスは、法令遵守だけではすまない

 コンプライアンスは、日本では「法令遵守」と訳されることが多い。法令は、一般的に顕在化した社会的要請に応える形で制定される。 そういう意味では、社会的要請の後付けという性格を帯びていると思う。しかしながら、価値観が多様化するなかで、 社会的要請の変容のスピードが速まっており、法令がその時の社会的要請からかなりかけ離れたものとなる可能性が高まっている。 従って、法令を遵守していることが、必ずしもその時の社会的要請に適応しているとは言えない。 コンプライアンス=法令遵守と捉え、「違法な行為はしてない」、「これまで問題にならなかったのだから」という主張では、 社会に評価されない可能性が大きくなった。

とりわけ最近の不祥事の内容が、生命安全(リコール、医療ミス、臓器売買)、食品 安全(BSF感染牛肉、期限切れ原料使用)、環境問題(原発事故、土壌汚染)などに係わるものが多い。 これらは、マズローの欲求段階説での低次元レベルの「生理的欲求」、「安全・安定への欲求」に対する不充足であり、 いずれも人が生活していくうえで最低限充足されなければならない欲求である。それだけに、不祥事を起こした企業への批難は、 法の未整備もあって必ずしも違法行為とは言えない場合でも、思った以上に厳しくなっていることを、しっかりと認識する必要がある。

コンプライアンスは、法令遵守だけでなく、その時々の社会的要請にいかに適応するか、それも日本だけでなく、 グローバルに適応するかという観点から、取り組まなければ、思わぬ結果を招きかねないと言える。

ビー・ストリーム 編集後記
企業規模の大小に関わらず、様々な価値観のある中でビジネスは行われ、自分の価値観だけで判断するのではなく、いかに相手の価値観を共有するかが 重要であると感じました。今後も急速に進んでいくネット社会において、特にインターネットに慣れている若手ビジネスマンの方々には、改めて、ネットコミュニケーションを 考え直すきっかけになれればと思います。

 

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